File4:上野優

雨宮、磨知、そして笹山は例のフラワー殺人の現場に来ていた。周囲には誰も居ない。「KEEP OUT」のテープももう無い。
「頼むぜ雨宮・・・今捜査行き詰ってんだからよ・・・しっかりプロファイリングしてくれよな・・・」
「プロファイリングか・・・何でこんな捜査方法流行っちゃったかな・・・プロファイリングなんて言うと聞こえはいいけど、要するに仮説なのよね。悪く言えばあてずっぽと偏見の積み重ねってとこね・・・」
雨宮は言う。「関係の喪失ってヤツかな。昔は犯人と被害者は何らかの共通点で結ばれてた・・・でも今は親子、兄弟等・・・血縁関係をたどっていけば遠からず犯人に行き着いた。けれど今は犯人と被害者の接点が何も無い。だから犯人の心理を分析する方法が出来たんだろ。」
「んなこた分かってるよ。それよりなんでこんな殺人現場なんかに連れて来るんだよ。」自分で言い出したくせにこう言う笹山。
「フラワー殺人の犯人・・・知りたいんだろ?」
「ん?何か分かったか?」
「死体が埋まってたのはこことあそことあそこ・・・二人ともそこに立ってみて・・そこから何が見える?」
「ん~あっちにベンチが見えるぞ~」
「・・・逆よバカ・・・」
「あれだよ。」そう言う雨宮の視線の先には上野のアトリエ「フラワーエンジェル」があった。「アーティストってのは自分の作品を見て自己満足に浸るような輩もいるもんだよ。」もはや、犯人は分かりきっていた。

それから数日後、笹山は所轄を二人引き連れて上野のマンションにやって来た。無論、物証探しに来たのだ。
どこから知ったのか、渡久地も来ていた。
「上野の部屋はこっちですよ。」
「ったく・・どーゆー情報網持ってんのよオタク。」
「どういう名目で令状取ったんすか?」
「火災時避難経路になるベランダの違法改造だよ・・」
「セコ。」
「こーでもしねーと奴の部屋漁れねーだろ。」
その頃上野は、その自分のマンションの玄関がしっかり見える位置で一服していた。
「そろそろいいかな・・・」そう言う彼の手には当時はまだあまり普及していなかった携帯電話が握られていた。

上野の部屋には陳腐な爆破装置が作られていた。といっても、あらかじめ部屋にガスを充満させておき、外で上野が笹山達が部屋に入るのを見計らい携帯を自宅にかけ、留守電の応答テープが回り、そのテープに巻かれた釣り糸がチャッカマンとかいう名前の簡易着火機の引き金に結ばれていて、その引き金を引く、という他愛の無いものだった。この手口すらもテレビドラマからの借用であるのだが。

笹山達は上野の部屋のドア前に立っていた。そして管理人が鍵を開けようとしたその瞬間。ドアが吹っ飛び、管理人に直撃した。笹山達は爆風で飛ばされただけで済んだ。
その頃、50mほど離れた場所で、上野。「バイバイ。僕のフラワーエンジェル。」そう言って携帯の通話ボタンを切った。

現場からは「フラワーエンジェル」の焼死体が6つ見つかっただけで、無論、上野の死体は見つからなかった。

その日の夜、新宿のとある公園のベンチに上野は腰掛けていた。そこに、闇の中から一人の男が現れる。「う・・上野・・さん・・・」男の顔は雨宮一彦。しかし、今は「彼」ではない。
「お~清ィ。久しぶりだなぁ~」
「こ・・これ・・・」そう言って男は両手持っているコーヒーの入った紙コップを差し出す。
「お・・サンキュー。気が利くな。」そう言うと上野はコップの中のコーヒーを飲み干した。それが自販機で購入したまず過ぎるコーヒーでなければ、あるいは上野は気付いたかもしれない。
「しかし清よぉ・・・今回ばっかはヤバイかもな・・今まで色々悪さして来たけど今回ほどのは初めてだもんな・・けどよ清・・・俺は後悔なんてしてねーぜ。女たちの脳に一輪一輪花を植えていくとさ、一輪ごとに違う自分が目覚めていくような気分になるんだよ・・・」
そこまで話して上野はようやく体に痺れが回ってきていることに気付いた。
「まさか・・・清・・!」そう言い、村田清の方を見る。すると、さっきまで座ってただ話を聞き続けていた彼がゆらり、と立ち上がり、口元を歪めた。
「いやぁ~ザンネンザンネン。村田清はもう行っちまったゼェ~。で、代わりにいるのがオ~レ!西園伸二ってワケ・・・」
上野は二度と立ち上がることは無かった。

それから数週間後、伊園犯罪研究所の庭先で上野の頭部が「花の女」状態で発見された。ただひとつ違ったことと言えば、その左目はきれいにくりぬかれていたことだ。

「見ただろ上野の左目・・・」
「ええ・・奴にも恐らくあったんだよ。左目にバーコードが。」
「ええ・・・」
「そう・・・でもこれは知らなかっただろ?俺にもあるんだよ。左目のバーコードが・・・」
そう言って左瞼をめくる雨宮の目には、はっきりとバーコードが刻まれていた。
五年前の島津寿の事件、そして今回の上野優の事件は何らかの糸で繋がっている・・何者かが作っている大きなジグソーパズルの一角なんだ・・そして俺もその1ピースなんだよ・・磨知は俺を・・信じられるかい?」
「・・・判らないわ・・・」


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